育種

601 漆生産の効率化に向けたウルシ遺伝情報の整備
加藤春流(九大院生資環),田村美帆,田端雅進,渡辺敦史 漆はウルシ(Toxicodendron vernicifluum)の樹幹に傷をつけることで得られる樹液で,漆器制作だけでなく,国宝,重要文化財の修復にも用いられる重要な生物資源である。ウルシは分根によって比較的容易に増殖できるため,漆滲出量の多い優良なクローンを優先的に利用すれば,育種的改良を行うことなく漆収量の増加が期待できる。そのためには,クローン管理に向けたウルシ林の遺伝情報の整備が重要となる。本研究では,既に報告されている9林分に加え,新たに5林分の遺伝情報を取得した。これにより,各林分の遺伝的多様性や林分間の遺伝構造を明らかにした。1林分については,林分全体における個体データを整備した。本研究では,これらの結果に基づきウルシ遺伝資源管理から効率的な漆生産に向けたクローン管理を含めた遺伝情報の有効活用について報告する。

602 2020年春に九州育種場で発生したクロマツ雌花の霜被害に影響した要因の解析
〇松永孝治(森総研九育), 栗田学, 福田有樹, 倉原雄二, 久保田正裕 2020年春,熊本県合志市にある森林総合研究所林木育種センター九州育種場内に設定したマツノザイセンチュウ抵抗性クロマツ保存園において,雌花の霜被害が発生した。同様の被害は過去にも発生しており,雌花が冬芽から露出した後に霜が降りた場合,多くの雌花は発達を停止し,やがて枯死して脱落する。2020年春の霜被害の発生を調査し,解析した結果,クローンの違い,樹体内の枝の高さの違いが被害発生に影響することが示唆された。また,被害の発生と開花フェノロジーの関連性についても検討した。

603 クロマツ接種後の健全性苗のマツノザイセンチュウの消長
〇今東実生(九大農),久島涼弥,伊藤貫太,渡辺敦史 最近,マツ材線虫病に関してDNAマーカーを利用した樹体内の頭数測定法および遺伝子の定量的測定法が確立され,外部病徴だけでなく,樹体内の防御応答に関する詳細な評価が可能となった。実際これら手法を利用することにより,クロマツ樹体内に侵入後のマツノザイセンチュウ頭数の増加とクロマツの過敏感応答の関連性が明らかとなり,クロマツの枯死に至るプロセスは明確になりつつある。本研究では,九大内圃場で生育する1年生クロマツ苗を材料としてマツノザイセンチュウを接種し,時系列に応じて苗を採取した。これら苗は外部病徴評価を行うと共に,マツノザイセンチュウの樹体内頭数およびクロマツ遺伝子発現の評価を行った。本研究では,枯損苗だけではなく,時系列に応じた健全性苗における樹体内でのマツノザイセンチュウの消長とクロマツの防御応答について着目した。

604 マツノザイセンチュウコレクション確立に向けた保存法の検討
〇久島涼弥,今東実生,伊藤貫太,渡辺敦史 マツノザイセンチュウは数度に亘り日本に侵入したと推定されており,マツ個体内やマツ林内にも遺伝的多様性が存在することが報告されている。しかし,マツノザイセンチュウ拡大過程における全国レベルでの遺伝的多様性や遺伝構造,病原力の地域性の有無などについては十分に理解されていない。マツノザイセンチュウについては,多数のアイソレイトが既に収集されており,これはマツノザイセンチュウを対象とした遺伝資源集団に位置づけることができる。収集,評価,保存で成立する遺伝資源はマツノザイセンチュウ拡大過程など未解明な課題に対して有効なリソースである一方で,評価には長年月を要する。マツノザイセンチュウコレクションはこれまで継代培養によって維持されてきたが,本研究では,継代培養に変わり長期保存法の一つである凍結保存について検討したので報告する。

605 接ぎ木によるスギ原種苗木の増産について
〇 永吉 健作(鹿森技セ) 平成25年に改正された「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」では,エリートツリーよりも雄花着花性の基準をさらに厳しくした「特定母樹」を指定する制度が始まり,特定母樹を林業種苗として普及するため,林木育種センターから県や認定特定増殖事業者に対して原種苗木の配布が行われている。  本県においても,再造林推進に向けた優良苗木の増産が急務であることから,林木育種センター九州育種場から特定母樹由来の原種苗木の配布を受け,挿し木による増殖を行っているが,逼迫する苗木の供給量不足に対応するためには,さらなる特定母樹由来の原種苗木の増産と採穂可能になるまでの成長促進が必要である。  そこで今回は,特定母樹(スギ九育2-203)を材料に,スギ精英樹のコンテナ苗を台木に用いた接ぎ木による原種増産を試みたので,その結果について報告する。

606 空中さし木法によるスギさし穂の発根条件の最適化ー散水頻度の検討ー
◯栗田学(森林総研林育セ九州育種場), 久保田正裕, 渡辺敦史, 大塚次郎, 松永孝治, 倉原雄二, 福田有樹, 倉本哲嗣 スギのさし木コンテナ苗生産は,多くの場合,さし穂を土にさしつけ,発根後にさし穂を掘り取りコンテナへ移植するという工程で行われる。スギの発根性は品種によって異なるばかりでなく,さしつけた後の気温等の環境条件によっても発根に必要な期間が異なることから,コンテナへの移植の適期を判断するのが困難であった。これに対し,現在実用化研究を進めている空中さし木法は,発根の状況をリアルタイムに把握することが可能であり,発根後のさし穂のみをコンテナへ移植することで効率的なさし木苗生産に貢献できると考えられる。本発表では空中さし木法における,発根誘導に適した散水条件の検討,特に散水頻度が発根に及ぼす影響等に関する調査結果を報告するとともに,特定母樹や少花粉品種への適用の可能性について議論を行う。なお本研究の一部は,農研機構生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」の支援を受けて行った。

607 スギさし木不定根誘導シグナルの検討
◯大庭 由加里(九大生資環),栗田 学,渡辺 敦史 最近,スギさし木を行う際に,土壌や水といった基質を利用しない新たなさし木手法が提唱された。新たなさし木手法では,基質が不定根誘導の必須条件ではないことを示している。さらに,新たなさし木手法によって誘導された不定根は,傷害部位およびその近傍にだけ出現するのではなく,場合によってはシュート部位全体に及ぶ幅広い範囲で認められた。不定根形成は,植物体内外の様々な要因に関連する複雑なシグナル経路によって制御されており,新たなさし木手法による結果はスギの不定根誘導シグナルを理解する上での知識の再構築を促していると考えられる。本研究では,スギの不定根誘導シグナル解明に向けて,さし付け深さを変化させた発根領域の変化の検証,不定根形成誘導における傷害や植物ホルモン処理の効果,重力の影響等各試験を行い,発根能力の変化に基づいて不定根誘導シグナルについて検討した。

608 春先の床替えに適したヒノキ秋ざし条件の検討
〇佐藤太一郎(大分県林研),河津温子,姫野早和 ヒノキのさし木苗の生産について,秋ざしにおいては,翌春からの成長期までにさし穂を発根させ,床替えを行うことが望ましいと思われる。 本研究では,ヒノキの秋ざしにおけるさし付け月と穂長について,春先の床替え時に高い発根率を示す条件を調査するとともに,発根促進に有効とされる加温処理(電熱マット)の効果も併せて検証した。床替え時期を2020年3月初旬に設定し,前年の月別(2019年9月,10月,11月)に穂長4条件(12cm,15cm,20cm,25cm)を,インドール酪酸4000ppmに基部を数秒浸漬し育苗箱(鹿沼土)にさし付けた。また,各条件には育苗箱の下に電熱マットを設置した加温区と無加温区を設定し,加温処理の効果を検証した。その結果,2020年3月初旬時点の発根率について,月別では9月が10月,11月よりも高く,穂長別では25cmよりも20cm以下で高い結果を得た。また,各条件とも無加温区よりも加温区において発根率が高く,加温処理の効果が認められた。

609 少花粉ヒノキコンテナ苗生産に関する研究Ⅰ
〇大川雅史(福岡農林試資活セ),宮原文彦 本県では主伐の推進を図っており,再造林に際しては低コストかつ花粉症対策として期待される少花粉コンテナ苗の利用を進めている。少花粉ヒノキについては家系間による発根率の差が大きいこと,コンテナ移植後の成長が悪いこと等の問題が生じている。このため少花粉ヒノキコンテナ苗生産技術の確立が求められている。そこで今回は南高来10号,阿蘇3号,阿蘇6号,浮羽14号を用いて,箱挿しとコンテナ直挿しを検討した。また発根後コンテナへ移植した苗の1成長期後の得苗率について調査した。さし穂長15㎝における平均発根率は,箱挿しで53.0%,コンテナ直挿しで17.0%を示した。移植苗の1成長期後の得苗率は0%であった。以上から,発根した個体をコンテナに移植する方法がコンテナ直挿しよりも効率的であると考えられた。また本県コンテナ苗規格(苗高35㎝,根元径5.0㎜)に到達させるためには施肥等の育苗方法の検討が必要であることが示唆された。

610 スギクローン間における初期成長と生理特性の季節変化の比較
〇馬場優政(鹿大院農),鵜川 信,藤澤義武 森林施業のコスト削減策の一つとして,初期成長に優れた品種の導入が進められている。成長に優れたスギ品種を効率的に選抜するためには成長特性や生理特性などのデータの蓄積が求められる。そこで,本研究では,材積成長量の異なるスギクローンの間で,成長速度の季節変化および当年葉の水ポテンシャル,クロロフィル濃度を比較した。供試したのは成長に優れたエリートツリーを含む鹿児島大学実験苗畑に生育する13クローンである。この苗畑において,処理を2段階に変えた下刈り(3年間で1回下刈り処理と3年間で12回下刈り処理)を実施し,供試苗の2~4年生時における樹高およびD10(高さ10cmの幹直径)の季節変化を調査した。また,4年生時には,当年葉の水ポテンシャルおよびクロロフィル濃度を測定した。これらの調査によって興味深い結果を得たので報告する。

611 ヒノキ第二世代精英樹候補木さし木クローンの初期成長について
〇久保田正裕(森林総研林育セ九州),倉原雄二,松永孝治,栗田学,福田有樹 戦後造林地の主伐,再造林が進み,成長に優れた苗木が求められている。九州育種場では,優良なスギ,ヒノキ第一世代精英樹間の交配苗による育種集団林から,一段と成長等が優れた第二世代精英樹の選抜を進めている。ヒノキはスギに比べて発根性が低いことから,クローン検定林が少数で,さし木クローンの成長事例や反復率等の遺伝情報の報告は少ない。  本報告では,熊本県内の国有林に2008年,及び2010年に造成した2箇所のヒノキ第二世代精英樹候補木クローン検定林を対象とし,5年次,10年次に樹高等を調査した。樹高成長について,クローン反復率を求めるとともに,第二世代精英樹候補木と対照の第一世代精英樹を比較検討したので報告する。

612 スギ第二世代精英樹候補木クローンの心材含水率の評価
〇倉原雄二(森林総研林育セ九州),栗田学,久保田正裕,福田有樹 スギは心材含水率のばらつきが大きく,心材含水率が高い材は乾燥コストを上げる原因となっている。心材含水率は遺伝性の形質であり,九州地方ではさし木造林が主流であることから,クローン化した際の反復率等の遺伝情報が必要である。九州育種場では,スギ第一世代精英樹を親とする育種集団林から第二世代精英樹候補木を選抜しており,これをクローン化して植栽した遺伝試験林で成長や材質の評価を行っている。心材含水率の評価は心材が形成されていることが必要で,若齢時には測定できないこと,非破壊的な測定方法では精度の高い推定が困難であることから遺伝的な情報の蓄積は進んでいなかった。今回,九州育種場内に保存されている比較的若齢な15年生のスギ第二世代精英樹候補木のつぎ木クローンから成長錐を用いて試料を採取し,心材含水率および関連する形質について調査したので報告する。

613 宮崎県におけるスギ低密度植栽の検討-オビスギ林分密度試験林の応力波伝播時間測定結果から-
〇上杉 基(宮崎県林技セ),井上万希,世見淳一,三重野裕通 伐採,再造林の盛んな宮崎県では低コスト育林の実施が喫緊の課題であり,その手段の一つとして低密度植栽が検討されてる。スギは一般的に低密度植栽では年輪幅が大きくなり材質が低下すると考えられているが,具体的な差異が明らかでなかった。このため,昭和48年に設定された宮崎南部森林管理署内の林分密度試験林(トサアカ45年生)の立木材質を応力波伝播時間から推定し,植栽密度による差異を検証した。4,850本/haの高密度から544本/haの低密度まで7段階各12本の胸高部位の応力波伝播時間をTree Sonicを用い測定した。その結果,伝播時間の平均値は中密度の2,339本/haで最短となり,以降植栽密度が低下するにしたがって長くなったが,統計的有意差が出るのはかなり疎な783本/ha以下の場合であり,4,850本/haから1,128本/haの密度では推定される材質に有意な差がないことがわかった。