601 スギ検定林における空間情報を活用した遺伝的能力の予測
〇江島淳(佐賀林試) 急峻で複雑な地形が多い日本においては、検定林内に局所的に不均一な環境を含むことが多く、このことが樹高成長に関与する遺伝的な能力(育種価)の推定に影響を与えている。本研究では、佐賀県で1980年代に設定した6つのスギ検定林の10年生樹高を対象に、各個体の相対的な位置関係と樹高から得られる空間自己相関を線型混合モデルに組み込んで算出した育種価と、従来の検定林内の空間的な偏りを考慮せずに算出した育種価を比較した結果を報告する。次に、空間自己相関を含んだモデルから算出された空間に起因する樹高差の発生要因を明らかにするため、航空機LiDAR(4点/㎡)で取得したDEM(数値標高モデル)から得られる、単木単位のTWI(地形湿潤指数)やSVF(開空度)といった環境指標値を用いて、GISと統計モデルを利用して解析した内容を報告する。本研究は,農林水産省委託プロジェクト「成長に優れた苗木を活用した施業モデルの開発」の支援を受けて行った。

602 早期評価を目的としたスギ若齢木の心材含水率測定
○倉原雄二(森林総研林育セ九州),岩泉正和,福田有樹,松永孝治,久保田正裕 スギ心材含水率の育種的改良を高速化するには,可能な限り若齢時に評価することが必要である。若齢時にクローン間に変異が存在し,壮齢時との相関が高ければ若齢時の評価を元にクローンを選抜することが可能になる。スギの心材直径は樹齢が異なっても胸高直径(DBH)と高い相関があると言われている。したがって若齢でもDBHが大きければ心材が形成され,含水率の評価が可能であるかもしれない。今回,若齢時のクローン間変異の評価を目的として九州育種場内の8年生と11年生のスギ第一世代精英樹クローンから成長錐を用いて試料を採取し,心材含水率および関連する材質形質を測定した。8年生と11年生のDBHの平均値はそれぞれ14.1 cm,13.1 cmであった。直径心材率の平均値は8年生で31.8%,11年生で39.0%であり,DBHの平均値が大きい8年生の方が低い値を示した。また。心材含水率の反復率は8年生で0.23,11年生で0.70と8年生の方が低い値を示した。

603 スギ特定母樹採穂木の樹形及び台木仕立て過程における採穂量の変化
○大塚次郎(森林総研林育セ九州),森山央陽,後藤誠也,栗田学,久保田正裕,倉本哲嗣 再造林の実施に不可欠な優良種苗を確保するため、特定母樹の利用が推進されている。 九州におけるスギ特定母樹は、既に苗木の生産が行われ普及が進んでいる第一世代精英樹から指定されたものと今後普及が見込まれている “エリートツリー”と呼ばれる第二世代精英樹から指定されたものがある。これらのスギ特定母樹系統について、さし木苗生産のための採穂台木の仕立て方を提示することを目的として、樹冠幅、枝数の計測を実施した。また、植栽から3年または4年で断幹を行い、その後の3年間剪定による樹形誘導を実施した採穂台木の仕立て過程における採穂量の推移を調査した。これらの結果をもとにエリートツリー由来のスギ特定母樹の採穂台木の仕立て方を検討したので報告する。

604 スギさし木不定根誘導シグナルとオーキシンの関係性
◯大庭由加里(九大生資環),栗田学,田村美帆,渡辺敦史 不定根形成による繁殖技術は樹木ではさし木と呼ばれ、クローン増殖の手法として有用である。最近、スギさし木の際にさし床として土壌や水といった基質を利用しない新たなさし木手法である空中さし木法が提唱された。基質を利用しないさし木法の開発は、さし木苗生産における労力の軽減に寄与するだけでなく、不定根誘導シグナルとして基質が関与しないことを明確にした。さらに、空中さし木法では、不定根は採穂による切断部位以外からも誘導されており、傷害以外にも不定根誘導シグナルが存在することが示唆された。そこで本研究では、スギさし木不定根誘導シグナルの特定に向けて、内在性オーキシンの挙動に着目した。オーキシン輸送と重力の関係、傷害と植物ホルモン処理の効果の検討および採穂後のオーキシン受容体遺伝子の遺伝子発現変動解析によって不定根形成誘導とオーキシンの関係性を考察した。

605 九州地域におけるスギ実生コンテナ苗の成長に被陰処理が及ぼす影響
○松永孝治(森林総研林育セ九州),栗田学,福田有樹,久保田正裕,木村恵,大平峰子,山野邉太郎 近年,育苗コストの削減を目的として,各地でスギの実生コンテナ苗を短期間で育成する取組が試行されている。九州育種場はスギの育種事業の中で,第二世代精英樹等の人工交配によって第三世代の母集団となる実生苗を作出し,育種集団林への植栽を進めている。現在,育種集団林の設定には苗畑で育成した2年生の裸苗を用いているが,植栽時の労力や植栽後の活着率を考えれば,材料をコンテナ苗として育成するメリットは大きい。コンテナ苗を実際に育成した場合,温室から屋外に苗を移動した後に寒冷紗等の被陰が適切に行われないと苗木が枯損する事例があった。そこでここでは,九州地域におけるスギ実生コンテナ苗の育成管理方法を検討するため,まき付け温室から屋外に移動したコンテナ上に遮光率の異なる寒冷紗を設置して,その後の枯損と成長過程を調査した。

606 抵抗性マツのさし木とコンテナを組み合わせた実証試験について
○是枝久巳(鹿森技セ) 鹿児島県内においては,松くい虫被害によって公益的機能が低下している森林が散見されているが,海岸地帯において当該機能を回復するための樹種としてはクロマツが最適であり,防風・防潮機能の早期回復にはマツ材線虫病に抵抗性のあるクロマツの造林が不可欠である。現行の抵抗性マツは種子から生産されるため,種子の豊凶による影響を受けやすく,また,マツノザイセンチュウの接種検定により得苗率が毎年変動するなど苗木の安定供給も難しい。このような状況の中で,現在の抵抗性マツよりもさらにマツ材線虫病に抵抗性のある「第二世代マツ材線虫病抵抗性マツ(ハイパーマツ)」が国の機関等により開発されたことから,当該ハイパーマツのさし木増殖技術とコンテナ苗生産技術を組み合わせた「ハイパーマツ・コンテナ苗」の実用化に向けた調査を行ったので,これまでに得られた知見について報告する。

607 マツノザイセンチュウゲノムの多型性評価に向けたSSR領域の探索
○久島涼弥(九大生資環),今東実生,松藤紗香,渡辺敦史 マツノザイセンチュウの病原性をより正確に評価するためには、モデル生物同様に均一なゲノム材料の作出が望まれる。既に、マツノザイセンチュウでも均一なゲノムを持つ近交系株の作出は報告されており、それに基づく様々な知見が得られている。これらの成果に則り、多様なアイソレイトを起点とする様々な近交系株が作出できれば、病原性因子の特定に大きく貢献できると考えられる。既報では、近親交配を繰り返した線虫株のゲノムの均一性をAFLP法によって評価しているが、AFLPは必ずしも簡便な方法ではない。そこで、PCRベースで簡便に分析できるSSR法を用いて、ゲノムの均一性を評価するためにSSR領域を探索した。集団内の多様なSSRが単一のSSRに収束する過程を観察することによって、ゲノムの均一性を評価することができると考えられる。本研究ではマツノザイセンチュウSSRマーカーの評価を行ったので報告する。

608 接種済苗に存在する線虫の頭数評価法の検討
〇今東実生(九大農),久島涼弥,松藤紗香,渡辺敦史 最近、マツ材線虫病に関してDNAマーカーを利用した樹体内の線虫頭数評価法および遺伝子の定量的測定法が確立された。実際これら手法を利用することにより、クロマツ樹体内に侵入後のマツノザイセンチュウ頭数の増加とクロマツの過敏感応答の関連性が明らかとなり、クロマツの枯死に至るプロセスは明確になりつつある。しかし、現在確立されているDNAマーカーを用いた線虫頭数評価法は、線虫の生死の区別なしに頭数評価する欠点があった。最近、木材中に存在する線虫の生死推定のため設計されたRNA由来のマーカーが報告されており、RNA由来マーカーとDNAマーカーを比較することによって、生存線虫のみの頭数を推定できる可能性がある。そこで、マツノザイセンチュウ接種後の枯損苗と健全苗を利用し、RNA由来マーカーおよびDNAマーカーを用いて線虫頭数評価を行うことで、RNA由来マーカーによる生存線虫の頭数推定評価の精度を検証した。

609 近畿,瀬戸内海および四国育種区で収集した強病原性マツノザイセンチュウ系統群と既存線虫の病原性の比較
○岩泉正和(森林総研林育セ九州),松永孝治,河合慶恵,宮下久哉,三浦真弘 林木育種センターでは、より強いマツノザイセンチュウ抵抗性品種を開発するため、抵抗性品種間の交配により次世代化を進め、第二世代抵抗性マツ品種の開発に取り組んでいる。より強い抵抗性品種を選抜する上では、従来の第一世代の選抜に用いた基準よりもより厳しい基準で抵抗性を評価する必要がある。これまで関西育種基本区では近畿、瀬戸内海および四国育種区において、第二世代抵抗性アカマツ選抜用の強線虫群の収集・評価を行ってきた(岩泉ら 2018)。本研究では、それら強病原性線虫群と既存の事業用線虫との病原性の比較を行うため、複数年にわたり抵抗性クロマツ・アカマツ実生苗を用いて接種試験を実施した。その結果、大半の家系において強病原性線虫群が既存線虫(Ka-4系統)に比べて高い枯損率を引き起こしたが、病原性の差の程度は樹種・年次によってやや異なる傾向が見られた。

610 薬剤耐性マツノザイセンチュウ開発の試み
○松藤紗香(九大農),今東実生,久島涼弥,渡辺敦史 松枯れ被害対策のうち、樹幹注入剤は1回の施用で5~6年間防除効果を発揮し、薬剤散布と異なり人体への影響も考慮する必要性がほとんどないことから、多くの地域で活用されている。樹幹注入剤は、いくつかの商品が販売されており、商品毎に有効成分は異なるものの、いずれもマツ樹体内でマツノザイセンチュウの増殖抑制効果があると言われている。しかし、モデル線虫であるC.elegansでは、これら薬剤の有効成分に対して耐性を示す個体の出現が報告されている。殺虫剤耐性個体の出現は、他の昆虫でも報告されており、マツノザイセンチュウでも樹幹注入剤の成分に対して耐性を持つ線虫が出現する可能性が考えられる。そこで、複数の樹幹注入剤に対して、それぞれにおけるマツノザイセンチュウの致死量を評価した。さらに、生存可能限界値においてマツノザイセンチュウを複数継代培養し、増殖力に変化が生じるかどうか検証した。

611 遺伝資源構築に向けたクルメツツジ品種の整理
○黒安耕佑(九大農),高松利行(久留米市世界ツツジ),田村美帆,渡辺敦史(九大農) ツツジは、江戸時代に最も盛んに品種改良が行われた植物の一つである。江戸時代に久留米藩で作出された品種はクルメツツジとして名を馳せ、大正時代には、50品種がウィルソン50として紹介されている。大正から昭和には、クルメツツジとサツキの種間交配も行われるなど現在に至るまで多数の品種が作出され、現在でも園芸利用されている。しかし、交配の記録が残っていないこと、失われた品種が多数存在することなどの理由から効率的な品種改良や遺伝資源の利用と保存が困難になっている。本研究では久留米市世界つつじセンターに保存されているツツジとサツキ約500品種を対象にDNAマーカーを用いた遺伝子型と開花期など表現型に基づいてクルメツツジ品種群の分類整理を行なった。遺伝子型での分類の結果、現存する品種と同様に複数のグループにウィルソン50も分けられること、異なるグループ間で交配が行われた可能性があることを示唆した。

612 ウルシ葉緑体ゲノムによる種苗の移動に関する考察
加藤春流(九大院生資環),田村美帆,田端雅進,渡辺敦史 漆は古来より利用されており、縄文時代の遺跡からもその痕跡が発見されているが、日本のウルシは在来ではなく中国から渡来したとする説が有力とされている。これまでSSR(Simple Sequence Repeat)分析によって、国内のウルシの遺伝構造を明らかにしてきた。しかし、ウルシが渡来であるとすれば、国内のウルシにおいて認められた遺伝構造は国内で生じたのではなく、中国の分布域に依存している可能性がある。既に葉緑体DNAの一部領域が比較され、中国のウルシの葉緑体全ゲノムも報告されている。そこで、本研究では国内のウルシの葉緑体ゲノムを解読し、中国のウルシの葉緑体ゲノムと比較した。さらに、日本のウルシに認められた葉緑体ゲノム6領域における変異を利用して集団間の関係を明らかにし、核および葉緑体ゲノムから得られた情報に基づいて種苗の移動について考察した。

613 エリンギとバイリングの交配による新品種ONの栽培特性
○野上大樹(株式会社きのこの里),田中秀和 一般きのこ生産者では、近年のきのこ販売単価の下落を受けて、既存のブナシメジやエリンギに替わる新しいタイプのきのこ種菌が求められている。本研究ではエリンギとバイリングの交配による新たな形質を持つ品種の開発を行った。その結果、エリンギとバイリングの形質を併せ持つ品種の開発に成功した。生育特性の調査からは、この新品種はバイリング栽培において必要である長期低温培養を設けずに子実体を形成することが判明した。現在、福岡県内の生産者にて栽培が行われている。今後は収量性と品質の向上のために、新たな交配と培地組成や栽培管理の研究を続ける予定である。